人はストーリー(物語)に感動する

記事タイトル一覧

・戦略をストーリーとして捉える Ⅱ

・戦略をストーリーとして捉える Ⅰ

・セールストークはストーリーで語る

・商品の物語を作る

・よい商品なのに、なぜ売れない?

人はストーリー(物語)に感動する

戦略をストーリーとして捉える Ⅱ

■戦略の「流れ」と「動き」

 マブチモーターは技術的に成熟した、小型モーターを専門につくっている会社で、一見してあまり
 
儲かりそうもない業界に身を置いているのですが、高い利益を長期的に維持してきました。

 小型モーター事業について、マブチの考えたそもそものストーリーは、最も単純化していえば「大量
 生産によるコスト競争力で勝つ」というものです。

 「大量生産」という打ち手と「低コスト」をつなげる線は、「規模の経済」という、ごくありふれた
 論理です。

 これだけならば話は単純なのですが、マブチの戦略ストーリーが面白いのは、大量生産につながる
 
打ち手として、「モーターの標準化」という意思決定をしたことにあります。

 今でこそ「標準化」が当たり前のように聞こえますが、当時のモーター業界では常識に反した
 「禁じ手」でした。

 玩具やドライヤーなどの家電製品に使われていた小型モーターは、それぞれのセットメーカーからの
 特定仕様の注文を受けて、それに合わせて生産されていました。

 セットメーカーは自社の競争力を高めるために製品の差異化を行おうとするので、それに内蔵する
 モーターも少しずつサイズや特性を変えなければなりませんでした。

 受注生産時代のモーターは典型的な多品種少量生産でした。

 モーターを特定少数のモデルに標準化すれば、これまでの少量生産のくびきから解放されて大量生産
 が可能になるだろう。

 マブチの顧客であるセット(モーターを組み込んだ完成品)業界にしても、競争が激しいところ
 ばかりで、製品開発のサイクルも速まる一方です。

 1円でも安く、1日も早い開発を迫られるユーザーにとって、モーターの標準化は初めのうちは抵抗が
 あるでしょう。

 しかし、そこを我慢すれば長期的には経済合理性を静められるはずです。

 そのうちにユーザーが次々とマブチの標準モーターを買うようになれば、さらに標準モーターに
 対する抵抗は薄れ、マブチにとってはますます規模の経済がコストを下げるという好循環が生まれる
 でしょう……。

 こうしたストーリーが構想されたのです。

 標準化の他にも、それを取り巻くように、玩具や生活家電以外の「新しい市場の段階的な開拓」、
 中国を中心とする「海外での直接生産」、意図的に自動化の水準を下げた「労働集約的な生産
 ライン」、支店や営業所を持たない「一極集中の営業体制」といった手をマブチは打ちました。

 そうしたいくつもの打ち手が相互に因果論理でつながり、全体として「標準化→大量生産一規模の
 経済→低コスト」という長期利益をたたき出すシュートを可能にしました。

 その背後には、さまざまな打ち手がなぜ結びつき連動していくのかについての論理を突き詰めた
 独自のストーリーがありました。

 マブチの成功は、個別の打ち手が功を奏したというよりも、ストーリーの勝利でした。

□「ビジネスモデル」と「ストーリー」

 マブチモーターのように業界標準以上の長期利益をたたき出している企業をじっくり眺めていると、
 きちんとした因果論理で綴られた戦略ストーリーが浮かび上がってきます。

 それはまさにストーリーであって、法則やテンプレートやベストプラクティスで説明できるものでは
 ありません。

 パソコンメーカーのデル社の会長・マイケル・デル氏は「ホームランでなく、ヒットをねらう。

 ビジネスは野球と同じで、できるだけ高い打率をめざすのがベストだ。
 なぜなら、永遠に続く大ヒット製品やテクノロジーなど存在しないからだ」と言っています。

 画期的な新製品、まだ誰も参入していない新興市場、自社だけで占有可能な技術、こうした強力な
 点の一撃があれば成功できるかもしれません。

 この種の要素レベルの差異化は目立ちますし、わかりやすく、華々しい成功をもたらします。

 しかし、これだけグローバルに情報が行きわたった時代になると、そうした「必殺技」は探しても
 なかなか見つかりません。

 すぐに他社も同じようなことを仕掛けてきます。

 サッカーでいえば、ずば抜けた能力を持つファンタジスタがいれば、確かに得点は入りやすくなり
 ます。

 しかし、そうした有力選手という要素に依存した競争優位であれば、その選手が他チームに引き
 抜かれてしまえば失われてしまいます。

 一方で、ブラジルチームに固有の流れるような攻撃パターンや、イタリアチームのお家芸、「カテ
 ナチオ(鍵をかける)」と呼ばれる鉄壁の守備の方法は、チーム全体の攻め方、守り方にかかわる
 強みです。

 仮にイタリアから数人の有力選手を引き抜いてきても、カテナチオは再現できないでしょう。

 どうしたらそういうことができるのか、因果関係が複雑でわかりにくいので、まねされにくく、
 優位が持続しやすいのです。

 ストーリーとしての競争戦略の重要性は今に始まった話ではありません。

 マブチの戦略にしても歴史的な事例です。

 戦略論の世界でも、「ビジネスモデル」とか「戦略モデル」「アーキテクチャ」「ビジネス
 システム」、さらにはそれを発展させた「ビジネス・エコシステム」という概念を使って、構成
 要素のつながりに注目する研究が蓄積されています。

□日本企業こそストーリーを

 外資系の会社では人間関係がドライだといわれます。

 自分は報酬をもらって、自分の信条とは関係なくその仕事をしている。

 あるいは、会社そのものへのロイヤリティーではなく、自分の専門職種へのこだわりがあって、
 いろんな外資系の会社を転々とする中で自己実現のためにたまたまその会社にいる、ということも
 あるでしょう。

 日本の会社の場合には、会社に対してロイヤリティーを感じながら、自分の生活の中に仕事があって
 自己と会社が切っても切り離せない状態の人が多い。

 欧米の会社が機能分化の論理で割り切れる組織であるのに対して、もし日本の会社が、傾向として
 機能のインプットよりも価値のアウトプットに人々のアイデンティティがあるような組織になって
 いるとしたら、戦略をつくる立場にあるリーダーのみならず、組織の人々で広く戦略ストーリーを
 共有することの必要性や効果が、日本の会社ではずっと大きくなるはずです。

 ストーリーとしての競争戦略が大切だという話は、組織の編成原理がどうあろうと変わりません。

 欧米でも日本でも、戦略はストーリーであるべきです。

 ただし、会社が機能分化という組織編成の原理に立脚していれば、ハリウッドの映画づくりのように、
 監督であるスティーブン・スピルバーグ氏の頭の中にあればよいわけです。

 極論すれば、スピルバーグ氏の頭の中だけにあればよいのです。

 リーダーの頭の中に戦略ストーリーがあれば、機能分化の論理で、それが機能のパーツに分解
 されます。

 それぞれのパーツを担当する機能専門家は、ストーリー全体のありようや他のパーツを担当する
 人々との関係にかかわらなくても、機能ではっきりと定義された自分の仕事を遂行できます。

 その仕事に対する評価は、機能ごとに発達した労働市場での自分の価格に反映されます。

 ところが、1人ひとりの仕事の定義が機能分化では割り切れず、会社が顧客に提供するアウト
 プットの価値に人々の存在理由が求められているとしたらどうなるでしょうか。

 全体の目標が、機能分化の論理に従って自分の担当する部門にブレイクダウンされ、そこで示された
 ターゲットの数字を達成し、その機能のスペシャリストとして評価されたとしても、いまひとつ
 ピンとこないのです。

 自分の仕事がストーリー全体の中でどこを担当しており(それは「マーケティング」のような文脈
 から独立して定義できるものではない)、他の人々の仕事とどのようにかみ合って、ストーリーの
 動きとどのようにつながり、そのストーリーの文脈でどのように自分の仕事が最終的なアウト
 プットに貢献しているのか。

 人々がアウトプットの価値にコミットメントを感じている組織では、その種の「全体についての
 実感」がなければ、モチベーションも湧きあがってこないでしょう。

 トップがストーリーを構想するだけでなく、そのストーリーが組織の人々で丸ごと共有されている
 ことが重要な意味を持ってきます。

 「数字よりも筋」「ストーリーで戦略の実行にかかわる人々を鼓舞する」という話は、日本企業に
 より当てはまると思います。

 日本の会社こそ、戦略ストーリーを必要としていると考えるゆえんです。

□戦略づくりの面白さ

 ストーリーという視点が大切になる最後の理由は、いたって単純な話です。

 何よりも、ストーリーという視点は、戦略をつくる仕事を面白くします。

 戦略をストーリーとして考え、組み立てるということは、そもそも創造的で、楽しい仕事です。

 難しい目標設定を与えられ、眉間にしわを寄せた渋い顔で戦略を考え(させられ)ている人が
 多過ぎるように思います。

 単純に要因を列挙したり、テンプレートにしたがってひたすら分析したり、他社のベストプラク
 ティスをベンチマークしたり、自分でも半信半疑の前提に従ったシミュレーションを繰り返す。

 戦略づくりがこうした仕事であれば、自然に面白がって取り組める人は、よっぽどのマニア以外、
 ほとんどいないと思います。

 しょせんビジネスなのです。

 戦争でもあるまいし、戦略は「嫌々考える」ものではありません。

 まずは自分で心底面白いと思える。

 思わず周囲の人々に話したくなる。

 戦略とは本来そういうものであるべきです。

 自分で面白いと思っていないのであれば、自分以外のさまざまな人々がかかわる組織で実現できる
 わけがありません。

 ましてや会社の外にいる顧客が喜ぶわけがありません。

 面白いことでなければ、人はなかなか努力できません。

 ついつい先送りになります。

 無理やり取り組もうとしても、面白くなければ長続きしませんし、結局のところ、たいした成果も
 期待できません。

 逆にいえば、面白いと思えることであれば、自然体で向き合えますし、取り組みも長続きします。

 戦略思考を習得するにはどうすればよいのか、ということをしばしば質問されるのですが、そういう
 人に限って、日常の思考の自然な延長には出てこない、堅苦しい思考様式が戦略だと思い込んでいる
 ものです。

 戦略ストーリーは文字どおり「お話」です。

 お話を聞いたり、読んだり、話したり、つくったりすることの面白さは、人間にとって本源的な
 ものです。

 お話の面白さ、楽しさであれば子どもでもわかります。

 放っておいてもお話を聞きたがりますし、話したくなるものです。

 優れた戦略思考を身につけるために最も大切なこと、それは戦略をつくる仕事を面白いと思えるか
 どうかです。

 戦略づくりを面白いと思えれば、その時点で問題の半分は解決したも同然です。

 まずは面白さを知る。

 結局のところ、それが戦略思考を習得するための、最も効果的で効率的なアプローチです。

 ストーリーという視点は、戦略をつくるという仕事が本来的に持っている面白さを取り戻そうとする
 ものなのです。

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人はストーリー(物語)に感動する

戦略をストーリーとして捉える Ⅰ

■戦略とは

 「戦略」というのは実に使い勝手がいい言葉です。

 あなたもさまざまなビジネスの局面で戦略という言葉を見たり聞いたり使ったりしていると思います。

 戦略という言葉のイメージや定義は人によってさまざまでしょう。

 「日常の業務を超えた大局的な何か」として戦略を捉えている人もいるでしょうし、「短期的な
 目先の対応ではなくて、長期的な指針」と時間軸で戦略を考える人もいるでしょう。

 教科書的な定義では、「組織がその目的を達成する方法を示すような、資源展開と環境との相互
 作用の基本的なパターン」とか書いてあるのですが、これではちょっとわかりにくい。

 「戦略が良くない」とか「もっと戦略的にやりましょう」というときに、何が良くないといって
 いるのか、どうしようといっているのか、自分の定義を思い浮かべてみてください。

 たとえば、初対面の人に、「ところでおうかがいしますが、あなたの会社の戦略は何ですか?」と
 聞かれたら、どのように答えますか。

 ここでお聞きしたいのは、業界の事情通でない、一般の人に、自社の戦略をどのように説明するか、
 ということです。

 その答えに、あなたの戦略についての暗黙の定義があるはずです。

 「あなたの会社はどういう会社ですか?」という質問であれば、答えは簡単です。

 こういう製品を扱っていて、誰が得意先で、売上はどれぐらいで、従業員は何人ぐらいで、どこに
 オフィスがあって……、というようにいくつも答えが出てくるでしょう。

 ところが、「あなたの会社の戦略は?」となると、答えにまごついてしまう人も多いのではないで
 しょうか。

 「違いをつくって、つなげる」、一言でいうとこれが戦略の本質です。

 この定義の前半部分は、競合他社との違いを意味しています。

 競争の中で業界平均水準以上の利益をあげることができるとしたら、それは競争他社との何らかの
 「違い」があるからです。

 他社との違いがなければ、経済学の想定する「完全競争」となり、余剰利潤はゼロになります。

 だから違いをつくる。

 これが戦略の第1の本質です。

 ここで強調したいのは定義の後半部分の本質、つまり「つながり」です。

 つながりとは、2つ以上の構成要素の間の因果論理を意味しています。

 因果論理とは、ⅩがYをもたらす(可能にする、促進する、強化する)理由を鋭明するものです。

 個別の違いをバラバラに打ち出すだけでは戦略になりません。

 それらがつながり、組み合わさり、相互に作用する中で長期利益が実現されます。

 次のような3点の興味深い指摘をしています。

 いずれも戦略の「つながり」という本質にかかわる重要なポイントです。

 第1に、経営の問題の多くは、大きな事象を構成要素に分解し、そのうえで1つひとつの要素を別個に
 吟味しようとするアナリシス(分析)の発想に基づいている。

 だから企業の組織デザインにしても、マーケテイング、アカウンティング、ファイナンスといった
 構成要素に分解される。

 第2に、戦略の神髄はシンセシス(総合)にあり、アナリシスの発想と相いれない。

 だから、戦略に対応する部署は企業の中に見つからない。

 第3に、戦略は部署でなくて人が担う。

 サイエンスの本質が「人によらない」ことにあるとすれば、戦略はサイエンスよりもアートに近い。

 戦略は因果論理のシンセシスであり、それは「特定の文脈に埋め込まれた特殊解」という本質を
 持っています。

 優れた戦略立案の「普遍の法則」がありえないのは、戦略がどこまでいっても特定の文脈に依存した
 シンセシスだからです。            

 ですから、多くの人々が優れた経営者に「戦略論」の知見を求めるのは自然な成り行きです。

 優れた「アーティスト」が経験の中で練り上げた知見はとても有用です。

 日本の経営者に限定しても、ヤマト運輸(現・ヤマトホールディングス)元社長の故・小倉昌男氏の
 『経営学』や、複数の企業再生に成功したのちにミスミグループ代表取締役会長・CEOとなった
 三枝匡氏の一連の著作はその代表例です。

 「論」のスタンスをとらない「自叙伝」「歳言集」的な書物からも、多くの有用な戦略についての
 知見を引き出すことができます。

 日本電産代表取締役社長の永守重信氏や伊藤忠商事代表取締役会長から中国の特命全権大使に就任
 した丹羽宇一氏、ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長の柳井正氏、こうした優れた
 経営者の著作はその好例です。

 こうした優れた経営者による戦略論は迫力があります。

 第1に、当人の特殊な文脈の中で練り上げられた知見であるので、戦略の文脈依存性が確保されて
 います。

 第2に、実際に丸ごと作動したシンセシスであるので、因果論理が骨太です。

 第3に、最も重要なこととして、その経営者は現実に成功(もしくは失敗)しているので、成果との
 因果関係が(少なくとも結果においては)強力に確保されています。

 この種の迫力には学者の戦略論が遠く及ばないものです。

 たとえば、永守氏の主要なメッセージは「すぐやる、必ずやる、できるまでやる」ですし、丹羽氏の
 それは「汗出せ、知恵出せ、もっと働け!」です。

 柳井氏が2007年に全社に向けて打ち出した方針は、「儲ける」の一言でした。

 本質を短い言葉にしてしまえばそういうことなのですが、実行と経験に裏打ちされた主張を通して
 読めば、きわめて骨太な「論理」が浮かび上がってきます。

 自分でやったこともなければ、成果も示すことができない私が、実務家に向かってこの種の主張を
 文字どおり口にしたとすれば、黙殺されるか、冷笑されるでしょう。

□「ストーリー」とは何か

 実体験の迫力を出そうとしても出せない経営学者としては、特定の文脈に埋め込まれたシンセシス
 として戦略を扱いながらも、経営者とは違ったアプローチで、しかし実務家にとって有用な戦略論を
 語る必要があります。

 そこで私がたどり着いたのが、「ストーリーとしての競争戦略」という視点なのです。

 ストーリーの戦略論は、因果論理のシンセシスという戦略の本質を正面から捉える視点です。

 ストーリーとしての競争戦略は、「違い」と「つながり」という2つの戦略の本質のうち、後者に
 軸足を置いています。

 競争戦略は、「誰に」「何を」「どうやって」提供するのかについての企業のさまざまな「打ち手」
 で構成されています。

 戦略は競合他社との違いをつくることです。

 さまざまな打ち手は他社との違いをつくるものでなくてはなりません。

 しかし、個別の違いをバラバラに打ち出すだけでは戦略になりません。

 それらがつながり、組み合わさり、相互作用する中で、初めて長期利益が実現されます。

 ストーリーとしての競争戦略は、さまざまな打ち手を互いに結びつけ、顧客へのユニークな価値提供
 とその結果として生まれる利益に向かって駆動していく論理に注目します。

 つまり、個別の要素について意思決定しアクションをとるだけでなく、そうした要素の間にどの
 ような因果関係や相互作用があるのかを重視する視点です。

 戦略をストーリーとして語るということは、「個別の要素がなぜ齟齬なく連動し、全体としてなぜ
 事業を駆動するのか」を説明するということです。

 それはまた、「なぜその事業が競争の中で他社が達成できない価値を生み出すのか」「なぜ利益を
 もたらすのか」の説明でもあります。

 個々の打ち手は「静止画」にすぎません。

 個別の違いが因果論理で縦横につながったとき、戦略は「動画」になります。

 ストーリーとしての競争戦略は、動画のレベルで他社との違いをつくろうという戦略思考です。

 サッカーにたとえるとわかりやすいでしょう。

 相手チームに勝つために、どこのポジションにどういう選手を配置するかという問題は戦略を構成
 する「点」です。

 しかしそこで選ばれ、配置された選手たちが繰り出すパスがどのようにつながり、ゴールへと向か
 っていくのかは、点を結びつける「線」の問題です。

 サッカーの戦略は、要するにそのチームに固有の「攻め方」なり「守り方」を意味しているわけ
 ですが、攻め方なり守り方はいくつもの線で構成された「流れ」や「動き」として理解できます。

 戦略の実体は、個別の選手の配置や能力や1つひとつのパスそのものではなくて、個別の打ち手を
 連動させる「流れ」、その結果浮かび上がってくる「動き」にあるのです。

 ストーリーとしての競争戦略とは、「勝負を決定的に左右するのは戦略の流れと動きである」と
 いう思考様式です。

 将棋や囲碁にしても同じ話で、普通私たちが戦略というときは、意織しているか無意識かは別に
 しても、個々の打ち手ではなく、打ち手をつなぐ流れ、勝利に向けたストーリーをイメージして
 いるはずです。

 戦略をストーリーとして捉える思考は、何も新しい話ではなく、素朴なレベルではごく自然な理解
 です。

 個別の要素についての意思決定(たとえば、ある製品の生産を社内でやるか、それとも外部企業に
 任せるか)は、基本的にwhatやwho(whom)やhowやwhereやwhenを確定するということです。

 こうした個別の打ち手に対して、戦略ストーリーが問題にするのはwhyです。

 「線」とか「流れ」といっているのは、なぜある点がもう一つの点につながるのか、ある打ち手を
 可能にするのか、という因果論理に注目しています。

 戦略を一連の流れを持ったストーリーとして考えなくてはならないゆえんです。
 

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人はストーリー(物語)に感動する

人はストーリー(物語)に感動する


  ■ストーリー

   ストーリーとは物語です。

   このストーリーをセールストークやプレゼンに活用することをストーリーテリングと言い
    ます。

   伝えたいことやコンセプトを想像させるために、印象的な体験談やエピソードなどの
   “ストーリー(物語)”を引用して話すことで、聞き手に強く印象付けるセールス手法の
   ことです。

   聴きなれない言葉かもしれませんが、国内でも企業の広告に多く使われ始めてきました。 

   ソフトバンクの白戸家のCMや過去にはサッカー界のスーパースターメッシ選手が自らの人生を
   語るアディダスのCMが典型でしょう。

   「これが僕のストーリー」というメッシの語りで始まるCMです。

   このCMでは、メッシ選手の少年時代に起きた成長ホルモンの分泌による病気を克服して
   現在に至ることと、アディダスの品質(クオリティ)とは何の関係もありません。

   しかし、ほとんどの人はそんな風に感じません。

   このCMのストーリーに心を動かされ、アディダスの商品価値は消費者の中に確実に
           高まったのです。

   人は理屈ではなく、感情でものを買うのです。

   他にも、リッツカールトンホテル、ディズニーランド、ロールスロイス、アフラック、ボ
   ルヴィック(ミネラルウォーター)など、挙げたら切がありません。

   ネットビジネスの世界で多数活用されているセールスレターも、物語風にかかれたレター
   を活用して、商品・サービスを販売しています。

   ストーリーテリングを活用するとしたら、アプローチ(セールス)ブック会社案内
   プレゼンなどのトークにも効果的です。

   アプローチ(セールス)ブックは紙芝居と言い換えてもいいでしょう。

   ストーリーテリングとは、伝えたいことやコンセプトを想像させる印象的な体験談や
   エピソードなどの“ストーリー(物語)”を引用して話すことで、聞き手に強く印象付ける
   セールス手法のことです。

   米国アップル社の故スティーブ・ジョブズ氏は、聞いている者の心を動かす“感動の
   プレゼン”を行うとして世界中を魅了してきました。

   ジョブズ氏のプレゼンがなぜ人々の心を感動させるのか、その理由はさまざまですが、
   一つには「プレゼンに納得感のあるストーリーがあること」だと言われています。

   「納得感のあるストーリー」とは、相手にとって「なぜ、自分はこの商品を購入したほう
   が良いのか?」が明らかになっているということです。


   
  □ストーリーで価値を売る

   悪徳業者に騙される事件はどの時代にあっても後を立ちません。

   不適切な例かもしれませんが、わかり易く説明するために悪徳業者や結婚詐欺師の手口
   で説明してみます。

   彼らは決して商品やサービスそのものの特徴や良さは話しません。(なぜなら粗悪なもの
   だから)ですから、徹底してお客様の利益やメリットをストーリーを交えて話します。

   購入後のお客様のバラ色の環境を想像させることに長けているそうです。

   同様に、結婚詐欺師も相手のいいところ(どんな不美人であっても自分の○○はステキ
   だと思っている箇所が必ずあるとのこと)を徹底して褒めちぎるそうである。(会うたび
   ごとに)

   単に「綺麗だね」ではなく、「君の瞳は澄んだ湖みたいだね」とか・・・。

   歯が浮くようなセリフに聞こえるかもしれませんが、言い続けることで相手はそう思っ
   てしまうそうである。

   近年(2011年)に捕まった結婚詐欺師は独身女性6人から7240万円を騙しまし取っ
   たそうだ。

   殺し文句や手口はターゲットを絞込み(被害者は40代が中心)、知り合った女性に
   BMWやレクサスなどの高級車で会いに行き、高級時計をちらつかせてIT企業社長を
   名乗っていたそうである。

   虚栄心をくすぐり、年齢的にも結婚を焦っている被害者はコロッと騙されたそうで、
   中には3千万円も騙し取られた女性もいたとのこと。

   どちらの例も商品やサービスの良さを売るのではなく、相手にとってのメリットとなる
   価値をストーリーを交えて語るそうである。

   この例からもわかるように「人の心理」を突いているということを言いたかったのです。

   ですから、いつの時代でも単純で同じ手口が通用するのでしょう。  

   話を元に戻します。

   商品の良さ、品揃えだけではモノは売れません。

   「分かりやすく、選びやすく、迷わせない工夫をする」。

   お客様との接点における商品のアピールや情報発信で大切なのはそこです。

   その組み立てを何通りも考え、試してみることが大切なのです。

   その商品・サービスがお客様の生活・事業の中の何と結びついてくるのかの実感が湧かな
   くてはなりません。

   あなたの売りものは扱う商品・サービスそのものではなく、お客様の満足を獲得するため
   の手段であることを忘れないでください。

   そうでなければ、いつもの売り込み営業に走ってしまいます。

  □相手にとっての『価値』

   そこで、ストーリーを組み立てる際に肝となるのが、相手にとっての『価値』を考え
   ることです。

   この「価値」とは、「商品を購入することで相手にとってどんな良いことがあるか」を
   指しており、プレゼンは、まさにこの「価値」を伝えるために行うと言っても過言で
   はありません。


   「価値」が相手に伝わりやすいのは、

    「現状(問題点)→ 問題点を改善するための方法(ニーズ)→ 問題点を改善した
    姿(ゴール)」といった順番で組み立てられたストーリーです。

   ストーリーの活用は、セールストーク、ニュースレター、会社案内などのトークにも
   使われます。

   ソフトバンクの白戸家のCMなどが代表例です。

   このようにストーリーを交えたトークは聴く人や見る人の心に強い印象として残ります。

   トップセールスマンがなぜ優秀なのかといいますと、初めから自身が扱う商品・サー
   ビスそのものや特徴などは決して話しません。

   お客様の感情に訴える(お客様の利益・メリット)のが上手です。

   しかし、多くがトップセールスマンのような能力を持ち合わせていません。

   ですから、物語が必要なのです。 

  □「体験」を売る

   ストーリーはさまざまな場面で使われています。

   通販では特にセールスレターの良し悪しで売上げが決まってきます。

   このセールスレターの内容のほとんどが物語風に書かれています。

   商品そのものを売るのではなく「○○のある毎日の生活シーン(場面)」

   例えば、
   セブンイレブンは店内にはいろいろなモノを並べてありますが、モノを売っているので
   はなく、急に何か欲しくなったとき「5分以内で買えて、いつでも買える」というコン
   セプト。

   「峠の釜飯」で有名な弁当屋さんは横川駅(信越線)という閑散とした駅で1日に6
   000食を売るそうです。

   そして、一人が平均2〜3個、多い人だと5個以上も買うとのことです。

   弁当そのものを売っていれば、空腹を満たすためということになり、1個で十分なはずで
   コンビで買って、持ち込むことでもいいはずです。

   お客さんはモノとしての弁当を買っているのではなく、「旅情」という味わいを体験
   (コト)したいからです。
   
   そして、この旅情の体験を友人や家族にも味わせてあげたい気持ちから複数個買う
   のです。

   これらの事例からも分かると思いますが、人は体験(experience)というストーリー
   を思い描くのです。

   先程も述べたように、ストーリーはプレスリリース、セールスレター、セールストーク、
   会社案内(社名の由来、会社の理念)などにも使われます。

  □ストーリーテリング

   例えば、会社案内では会社の物語が必要です。

   起業から草創期、苦難期、成長期、変化期、再出発‥‥‥企業の物語は実に多
   くの示唆、教訓を与えてくれます。

   こうした会社の成長の足跡をストーリー化し、企業文化の充実、企業ブランドの向
   上、社員モラルの徹底などに結びつけ、企業価値の向上に貢献します。

   知識を伝え、「共感」や「感動」という価値をもたらすのは、ストーリーです。

   情報やデータは、つねにある文脈の中に置かれて人の内面に定着する力を持ちます。

   情報やデータを豊かな文脈の流れにのせて生活者の心の中に定着させ、共感や
   感動といった価値を通じて、さまざまなブランドや企業活動を深く、広く浸透させていく。

   これがストーリーテリングです。

   人は、情報やデータに心を打たれ、笑い、涙を流すことはありません。

   ストーリーにこそ自分自身を重ね合わせ、深い心の体験を共有するのです。

   断片ではなく、部分でもなく、あくまで全体を統合的に提示することによって、他の
   手法では得ることのできない価値を生活者と企業が共有できます。

   起業から草創期、苦難期、成長期、変化期、再出発といった流れでストーリーを作っ
   ていきます。

   1.語り手の情熱

     ストーリーを語る前に、自分がどうしてその
     話をしようとしているのかを理解する必要が
     あります。

     なぜこの商品を提案するかのストーリー、
     そして自分の体験談などから商品の販売
     につながるストーリーを導き出します。

    2.苦難(困難)

      内容のすべてがサクセスストーリーとい
      うのは相手に感動を与えません。

      ヒーロー物の映画はとんでもない悪役がいる
      からこそ、勝利が際立つわけです。

      貧困から這い上がった、コンプレックスを乗り
      越えたなど、困難から始まるストーリーに人は
      心を揺さぶられます。

    3.気付き

      誰も運良く成功した人の話は聞きたいとは思いません。

      苦難の中で解決策を求めながら、何かしらの気付きを得た瞬間がストーリーの
      キーポイントです。

      ガイアの夜明けをご覧になったことがある方ならば、苦難の連続から抜け出す中
      に気付きの瞬間やブレイクスルーの瞬間が映し出されていたことに気付いたはず
      です。

    4.結果

      ストーリーの結果はハッピーエンド(幸せや成功がもたらされているもの)で
      ある必要があります。

      そうしないと、商品を購入してもらうという本来の目的を逸してしまうからです。


    上記から、商品を語るのではなく自分の罪や過失、失敗談を交えた物語風なトークが相
    手を感動させるのです。

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人はストーリー(物語)に感動する

商品の物語を作る

商品の物語をつくる

  ■商品について

    ・「なぜ」その商品を作ろうと思ったのか?

    ・開発には「どんな」苦労があったのか?

    ・「苦労を乗り越えてでも世に出したい」と思ったパッションは何か?

    ・「軌道に乗った」のは、何がキッカケだったのか?

    ・この商品を通して、あなたが世に伝えたいことは何か?

    ・この商品を使うことによって、幸せになった「お客様の声」は何か?

   上記の質問に答えるだけでも、簡単な物語が作れます。

   物語が出来たら、あなたのウェブサイトに掲載してみよう。

   ウェブサイトで売れるセールスページにしたいなら、以下の5つの基本構造をおさ
   える。

    1.相手が関心を持つ話題・物語から始める。間違っても、自分のニーズ
      ではない。

    2.なぜ、この話を今この瞬間に読まねばならないのか、理由の正当化。

    3.商品・サービスによって、顧客の生活がどう変わるかの具体的説明
      (フューチャー・ペーシング)。

    4.明確な購入方法の伝達。どうしたら買えるのか、わかりやすく説明する。

    5.背中を押す一言(購入依頼)。

  □頻繁な接触機会を設ける

   1.殆どの企業は、新規顧客を獲得する為なら大金をつぎ込むが、既存顧客のリ
     ピート率を上げることにはあまりにも無関心である。

   2.一度満足した顧客は、「もう一度購入する」、「購入数を増やす」、 
    「何か違うものを購入する」可能性が高い。

   3.新規顧客を獲得するよりも、既存顧客に再購入を働きかけるほうがコストが少
    なくてすむ。

   4.顧客が移り気である理由は、あなたよりも他社のほうが自分に注意を払って
     くれるからに過ぎない。

    法人向けマーケティングで多くの企業が犯している過ちは、顧客とのすべての
    接点を営業担当者に任せていることです。


  □既存客に送るダイレクトメールでは何を伝えるべきか

   1 新製品や新サービスを紹介する。 

   2 値上げを事前に知らせ、その理由を説明する。 

   3 特別価格または特典を知らせる。 

   4 役に立つ情報を提供する。 

   5 得意顧客への感謝の意を伝える。 

   6 セールの開催を告知する。

   マーケティングの対象が既存顧客であったとしても、すべてのセールスストーリー
   を毎回伝えなくてはならないということです。

   顧客はすでに知っているという思い込みは捨てなくてはなりません。

   既存顧客だからといって早回りしてはいけません。

   同じ話を何度も繰り返したら退屈だろうと思う必要もありません。

   品質、サービス、保証、価格、その他の利点があるなら、マーケティングを行う
   たびにそのすべてを取り上げなくてはなりません。

   企業はもっと顧客を大事にしなくてはならない。

   顧客についての正確な情報なしに、正確な判断を下すことはできません。

   新しい見込み客のリストを作成するときや、新商品・新サービスを販売するとき
   には、顧客に関する正確な情報を活用すべきです。

   そして、顧客の関心に焦点を合わせたダイレクトメールを作成しましょう。

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人はストーリー(物語)に感動する

よい商品なのに、なぜ売れない?

よい商品なのに、なぜ売れない?

  ■よそと違う「売り」を作る

   商売を成功させるための最大の秘訣は、よそにはない「売り」があること、よそとは
   違っていることです。

   商品でもサービスでも、よそにはないものを提供しなくてはならない。

   ほとんどの営業会社はただ漫然と、よそと同じようなものを、特に顧客からは同じ
   としか見えないものを売っている。

   よそとの違いがなければ市場でダイコンを売っているのと変わらない。

   大きな利益をあげようと思うなら、何とかして、よそと違う「売り」を作ることです。

   どこにでもある、すぐ手に入るようなものではだめ。

   ありふれたものを作っていては、よそとの違いは出せないからです。

   会社を立ち上げ、運営し、維持発展させる、そのあらゆる段階で、よそにない「売り」
   を生み出すということを、常に頭に置いておこう。

   製品やサービスの開発・生産から販売・納品まで、あらゆる段階で、よそとは違う
   視点が必要です。

   しかも単に違うというだけでなく、その違いを理解し評価してくれる大きなマーケット
   (市場)がなければ、商品としての価値はないのです。

  □「感性」という視点からのマーケティング

   「類似した商品が溢れている競争の激しい市場の中で勝ち残っていくためには、他社
   の商品やサービスとの『差異化』を図ることが重要である」といわれます。

   社長であれば、こうしたセリフはさまざまな場面で見聞きしていることでしょう。

   あるいは、社長自身が製品開発部門など、自社の従業員などに繰り返し言っている
   セリフかもしれません。

   しかし、こうしたセリフが自身の身近にある一方で、「『差異化』と口でいうのは簡単
   だが、実際にそうした商品を生み出すことは非常に難しい」と感じている人も少なく
   ないはずです。

   実際、中小企業が、大企業をはじめとした競合他社に先んじて特徴的な製品やサー
   ビスを生み出し続けることは容易ではありません。

   また、苦労してやっと他社の商品やサービスと差異化を図れたとしても、すぐに競合
   する製品やサービスが現れてしまうということも珍しいことではありません。

   こうした社長の悩みに対して、一つの方向性を示すのが以下で紹介する「感性」という
   視点です。

   経済産業省も感性という視点を重視した「感性価値創造イニシアティ」を2007年
   5月に策定し、2008年度から2010年度までを「感性価値創造イヤー」と定めて、感性
   価値創造の実現に向けたさまざまな施策を実施した。
   (2012年12月時点で、国での取り組みは終了)

   また、日本のお家芸ともいわれた家電製品が苦戦する中、高額にもかかわらず順調
   に販売台数を伸ばしている家電があります。

   例えば、バルミューダの扇風機、Dysonのサイクロン掃除機、iRobotのロボット掃除
   機(ルンバ)などです。

   また、人気の浮き沈みが激しく、厳しい競争が繰り広げられているデジタル家電製品
   においても、Apple の「iPod」「iPhone」などのシリーズは発売後数年経った現在
   でも高い人気を誇っている。

   これら製品の販売が好調なのは、消費者の感性に訴える特徴があるからです。

   企業は製品やサービスの開発などのさまざまな取り組みを通じて、消費者の感性に
   働きかけ、消費者の感動や共感を得ることによって、他社製品やサービスとの差異化
   を図ることができる可能性があります。

   以降では、企業活動、特にマーケティング活動について、感性という視点から取り
   組みを行う際のポイントなどを紹介します。

   なお、以後は「製品やサービス」を「商品」と表記します。

  □消費者の感性に働きかけることの重要性を確認する

   1.いい商品なのに、なぜ売れない?
     ここでは、「いい製品・いいサービス(以下『いい商品』)」が売れない理由
     について考えるため、前提となる「いい商品」の条件を確認してみます。

     「いい商品」といわれると、いろいろな条件が思い浮かぶはずです。

     「手ごろな価格(価格)」「高い性能(機能)」「高い品質(品質)」などは、
     多くの人が「いい商品」の条件として挙げるものでしょう。

     しかし、「いい商品」の条件はこれだけではありません。

     少し視点を変えて消費者の立場から「いい商品」について考えてみると分かり
     やすいかもしれません。

     下記のようなケースについて、消費者の立場になって考えてみてください。

     (1)沢山の商品からたった1つの商品を選ぶ基準
       今、あなたはコーヒーカップを購入したいと考えています。

       そのコーヒーカップは、週末のひとときに読書を楽しみながら、コーヒーを
       飲むときに使いたいと思っています。

       そこで、コーヒーカップを購入するためにお店に足を運んだあなたの目の前
       には、さまざまな種類のコーヒーカップが並んでいます。

       しかし、今回購入する商品は1セットだけで十分です。

       あなたはたくさんある商品の中から、どのような基準で購入する商品を選ぶ
       でしょうか。

       先に挙げた「価格」「機能」「品質」は多くの人にとって、購入する商品を
       選ぶ際の重要な基準となるでしょう。

       しかし、それだけではないはずです。

       例えば、「このシックなデザインは、落ち着いて過ごしたい週末の時間には
       ピッタリだ」といった理由で購入を決定する場合もあるでしょう。

       また、「職人の○○氏が、手作りで製作しています」という文章とともに、少し
       頑固そうな顔でぎこちなく微笑む職人の写真が入ったPOPがあれば、それ
       に心を動かされて購入を決定する人もいるでしょう。

       一般的に、消費者が商品の価値を認め、購入を決定する要因には「合理
       的な基準」と「非合理的な基準」があるといわれています。

       合理的な基準とは先に紹介した「価格」「機能」「品質」など、数値化された
       情報などに基づいて理論的に判断できる基準です。

       一方、非合理的な基準とは理論的なものではなく、「好き・嫌い」といったよ
       うな、より直感的な基準です。

       そして、非合理的な基準の背景にあるのが感性(コト)です。

       ソニーで社長・最高経営責任者を務めた大賀典雄氏はラジオやテープレ
       コーダーなどにいち早くデザイン性を持たせたり、企業ロゴの策定に関わる
       などして、ソニーのブランドイメージを築いたことで知られています。

       ソニーのウェブサイトによると、大賀氏は社長就任時から、「買ってよかった、
       使ってよかった、捨てる時も満足、次もソニーの商品を買おう、とお客さま
       に思ってもらえるモノづくりをしよう」「心の琴線に触れるモノづくりを
       しよう」と社員に呼び掛けたといいます。

       大賀氏は消費者の感性に訴える商品を提供することが、消費者に選ばれ、
       自社の価値を高めることに直結することを知っていたからこそ、このような
       言葉を残したのでしょう。

     (2)いい商品を考える際の視点

       以上の視点を踏まえて考えると、「いい商品」に対する考え方が少し変わって
       くるのではないでしょうか。

       例えば、「感性価値創造イニシアティブ―第四の価値軸の提案 感性☆21
       報告書」では、「いい商品(報告書では「いい商品・いいサービス」と表記して
       います)」の条件を次のように示しています。

       ①素材など見えないところまでに及ぶ「こだわり」、ものに込めた「趣向」
        「遊び」「美意識」、新しい使い方やライフスタイルを提案する「コンセプ
        ト」、場合によっては「企業の価値観そのもの」が、

       ②技術、デザイン、信頼、機能、コスト等によって裏打ちされ、

       ③ストーリーメッセージを持ったものとして可視化され(物語り)、

       ④これが、生活者に、驚き、わくわく感、どきどき感、爽快感、充足感、
        信頼感、納得感、安らぎ、癒しなど「感動」や「共感」をもって受け止め
        られる(出所:経済産業省「感性価値創造イニシアティブ―第四の価値軸
        の提案感性☆21報告書」)

       上記の「いい商品」の条件で重要なことは、従来、消費者が商品の購入を

       決定する際に重要な基準と考えられてきた「価格」「機能」「品質」などといっ
       た合理的な基準が、必ずしもそうではないとされている点にあります。

       消費者の感動や共感を得ることこそが重要であり、「価格」「機能」「品質」
       などは重要な要素ではあるものの、それだけではいい商品としては不十分で
       あるということです。

       こうした視点を踏まえながら、改めていい商品が売れなかった理由を検討
       してみると、その商品は、他社の商品ほど効果的に消費者の感性に働きかける
       ことができていない可能性があります。

       企業側は、「いい商品を作っているのだから売れるはずだ」と考えて、「いい
       商品の価値を伝える努力を怠っている」可能性があります。

       消費者の合理的な基準に働きかける「価格」「機能」「品質」などの要因に
       ついては、他社商品と同等、あるいはそれ以上の価値があるものであった
       としても、消費者の感性に対して働きかけ、感動や共感を提供する力が弱
       かったという可能性を検討してみると、売れなかった理由を探るきっかけと
       なるかもしれません。

   2.「感性」の重要性が増してきた理由
     ここまでの話を聞いて「当たり前のことではないか」と感じた人がいるかもしれ
     ません。

     確かに消費者の視点から考えると、これまでの話はそれほど新しいものでは
     ないのかもしれません。

     しかし、企業の立場からみると、広告や販売促進など一部分の取り組みにとど
     まるなど、企画・製造・開発など企業全体の取り組みとして、消費者の感性に
     配慮してきたとは言い難いのが実情でしょう。

     しかし、近年ではマーケティングなどの企業活動を中心に、感性という視点か
     ら考えることの重要性が高まっています。

     これにはさまざまな理由がありますが、最も大きな理由は市場の成熟(商品の
     コモディティ)化という点にあります。

     市場が成熟化して多くの競合他社の商品がひしめく中では、「価格」「機能」
     「品質」といった合理的な基準を巡る競争は厳しさを増しています。

     そうした中で、各社とも既に「価格」「機能」「品質」などの面で他社との差異化
     を図る余地があまり残されていません。

     一方、消費者の感性に働きかけるということは、企業のアイディア次第でその
     取り組みは無限に広がっていきます。

     従って、差異化を図ることのできる余地という点では、かなり多くの可能性を秘
     めています。

     また、人は感動や共感を覚えた商品に対して愛着がわいてくるものです。

     そして、購入した商品を、実際に使い続けることによってさらに愛着が深まって
     いき、「長く使いたい」あるいは「次に購入する際も同じ商品にする」といったよ
      うに思うものです。

     すなわち、感性に働きかけ、消費者に感動や共感を覚えてもらえるような商品
     を生み出すことができれば、自社の固定客となってくれる可能性も高まる。

     こうした理由から、感性という視点の重要性が高まっています。

  □消費者の感性に働きかける上でのポイント

   1.事業や商品のコンセプトを決定する
     企業が消費者の感性に働きかけるために行うべきことは、自社の事業あるい
     は商品のコンセプト(以下「コンセプト」)を決定することです。

     通常、企業がある事業を行ったり、新商品を開発する際には、コンセプトを検
     討・決定します。

     コンセプトといってもその内容はさまざまですが、例えば「誰に、何を、どのよう
     に提供する」という点についてはどの企業でも検討し、それに基づいて具体的
     な活動を行っているでしょう。

     もし、商品を提供するに当たってコンセプトがはっきりとしていないのならば、ま
     ずは、しっかりとコンセプトを考えることから始めましょう。

   2.コンセプトを消費者に伝える
     コンセプトを決定した後は、消費者がコンセプトを認識できるように伝える、す
     なわち「可視化」することが必要になります。

     具体的には、
     (1)消費者の五感に訴えかけて消費者に伝える
       事業を開始したり、新商品を開発・販売する際には、事業を進めるために
       必要となる店舗を造ったり、商品を製造したりするわけですから、何らかの
       形で消費者の五感(視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚)に訴えかけていること
       でしょう。

       例えば、商品のデザイン(色や形状など)や、その商品を販売している店舗
       のレイアウト、店内に流れるBGMなどを通じて、消費者の五感に訴えかけ
       ることになります。

       消費者の感性に働きかけるために大切な点は、
         コンセプトに沿った一貫性のあるメッセージを五感を
         通じて訴えかけることができているか

       です。

       一貫性を欠いているようであれば、企業が発信したいコンセプトは消費者 
       に正確には伝わりません。

       例えば、コーヒーカップなどの高級陶磁器を扱っており、「商品だけではな
       く、店舗で商品を選ぶプロセスから日常ではなかなか味わうことのできない
       高級感を楽しんでもらいたい」と考えている店舗があるとします。

       その店舗の造りが落ち着きのある非常に高級感漂う雰囲気であったとして
       も、BGMにロック調の激しい音楽が流れていたら、店舗のコンセプトは消
       費者に伝わりません。

       ましてや、消費者の感性に働きかけ、感動や共感を得ることはできないで
       しょう。

       従って、消費者が五感を通じて感じるものについて、一貫性をもたせるとい
       う点に注意をすることが必要です。

     (2)言葉にして消費者に伝える
       企業がコンセプトを実現するために行っている取り組みのすべてについて、
       消費者が五感で感じることができるわけではありません。

       例えば、製造過程での取り組みは、どれほど時間と手間をかけてこだわり
       を持っていたとしても、これを消費者が五感だけでは感じ取ることはできま
       せん。

       しかし、消費者が五感で感じることのできないものでも、消費者の感性に働
       きかけ、感動や共感を得ることのできるものもあります。

       上記経済産業省の「感性価値創造イニシアティブ―第四の価値軸の提案
       感性☆21報告書」では、具体的な例として、

        ・製造過程での「秘伝のたれ」や「ものづくりの仕組み(システム)」

        ・環境配慮などの「ものづくりに込めた思い」や「思いやり」

       などを挙げています。

       こうしたものをうまく説明するなどして、消費者の理解を得ることができれ
       ば、消費者の感性に働きかけることができます。

       前述したコーヒーカップの例では「職人の○○氏が、手作りで製作していま
       す」という顔写真入りのPOPを例として紹介しました。

       本来、これは商品を製造する際のプロセスであって消費者には分からない
       ことです。

       しかし、その商品を誰が、どのようなプロセスで作っているかといったことを
       消費者に伝えることで、消費者の共感・感動を呼び起こすことができます。

       また、実際は五感で感じることができるのですが、多くの消費者はそれに気
       がつかないというものもあります。

       例えば、人間工学的な観点から座り心地のよいいすを作ったとすれば、そ
       の座り心地を「クッションが柔らかそうだ」「背筋が伸びて座っていて快適
       だ」など、五感のさまざまな部分で感じることができるものです。

       しかし、ほとんどの消費者は「座り心地のよいいすだな」といった程度の感
       想しか持たないでしょう。

       このように、コンセプトに合致した取り組みであっても、消費者が気がつき
       にくいようなものは、文章や図などの説明を加えて消費者に伝えるようにし
       たほうがよいでしょう。

   3.消費者とのコミュニケーション
     消費者の感性は一定なわけではなく、常に変化していきます。

     例えば、コーヒーカップであれば、最初は単にコーヒーカップの色に価値を見
     いだして購入した消費者は、それに慣れてしまうと、同じ商品には心が動かさ
     れることは少なくなっていきます。

     そして、色は当然ですが、「自分の手になじむような材質や持ち手のサイズで
     なければ心に響かない」というように変化していきます。

     企業の視点からみると、このように変化する消費者の感性に応えるような商品
     を作り続けることが重要となります。

     その際に必要となるのが、企業と消費者の間のコミュニケーションです。

     消費者の感性に働きかけ、感動や共感を得るためには、「消費者がどのような
     ものを求めているのか」といった消費者のニーズを知ることが不可欠です。

     そして、その消費者の厳しい感性に応えようとする企業の取り組みの中から、
     消費者に新たな感動や共感を与える新商品が生まれてきます。

     いわば、コミュニケーションを通じて、企業・消費者共に成長を続けることがで
     きるのです。

     企業と消費者とのコミュニケーションというと、大手企業が行っているような消
     費者に対するアンケート調査など、大規模な取り組みを想像してしまうかもし
     れません。

     しかし、中小企業でもすぐにできるような取り組みもあります。

     例えば、取引先の担当者や、店舗を訪れてくれた消費者に感想を聞くといった
     ことでも、十分にコミュニケーションを図ることができます。

     また、街の酒屋が「友の会」などをつくって「試飲会」などのイベントを行ってい
     るケースがありますが、こうした取り組みも消費者とのコミュニケーションという
     観点では効果的といえるでしょう。

     消費者とのコミュニケーションにおいて大切なことは、消費者とコミュニケーショ
     ンを取ることのできる仕組みづくりを行っておくとことです。

   4.感性を理解する人材の活用と育成
     消費者の感性に働きかけるノウハウが自社に乏しい場合、外部のデザイナー
     やコンサルタントなど、社外の人材を活用するのも一つの方法です。

     ただし、外部のデザイナーやコンサルタントを活用する場合は、関係者間で商
     品の企画・開発などの早い段階から一定の時間をかけて、商品のコンセプトを
     意識した価値観の共有化や擦り合わせなどを行っておく必要があります。

     価値観の共有化などの作業を経ずに外部のデザイナーがデザインした商品を
     販売するだけでは、消費者の感性に働きかけることは難しいでしょう。

     また、価値観の共有化などの作業を経ずに消費者の感性に働きかけることに
     成功したとしても、社内に感性を創造し、理解できる人材を育てることをしなけ
     れば、社内にノウハウが蓄積されず、継続的に消費者の感性に働きかけるこ
     とは難しいでしょう。

     一貫した自社の商品のイメージを消費者に与え、継続的に消費者の感性に働
     きかけるためには、外部のデザイナーやコンサルタントなどの社外人材の活
     用とともに、社内の人材育成も欠かすことはできません。


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